癇癪が発達障害かもしれないと不安なとき

かんしゃく
ふくろう
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こんにちは
公認心理師・臨床心理士のふくろうです。

はじめに

癇癪が激しいと、「発達障害なのでは」と不安になる保護者は少なくありません。

この記事では、癇癪と発達特性の違いや、不安を感じたときに整理して考えたいポイントを解説します。

心のどこかにある、言葉にしにくい不安

癇癪が発達障害かもしれないという不安を抱えている親は、もしかしたらその思いを誰にも打ち明けられずにいるかもしれません。周りの子どもと我が子を比べてしまう瞬間がある。癇癪の激しさや頻度が、年齢と共に落ち着くどころか続いている。インターネットで検索した情報に、子どもの様子と重なる部分がある。そうした小さな気づきが積み重なって、心の奥底に不安が芽生えていくことがあります。

けれども、その不安を口にすることには勇気がいることもあるでしょう。「そんなことないよ」と否定されるのが怖い。「考えすぎだよ」と笑われるのではないかと心配になる。あるいは、もし本当にそうだったらどうしようという恐れもあるかもしれません。だからこそ、一人で抱え込んでしまうことがあるのです。

この不安そのものは、決して否定されるべきものではありません。子どものことを真剣に考え、何か支援が必要なのではないかと感じているからこその思いです。その不安と、どう向き合っていけばいいのでしょうか。

発達障害ではないかと考えてしまいます。

癇癪と発達障害の関係

癇癪が発達障害と関係していることはあります。けれども、癇癪があるからといって、それが必ず発達障害を意味するわけではありません。この二つの関係は、思っている以上に複雑であると考えられています。

発達障害のある子どもの中には、感情のコントロールに困難さを抱えている場合があります。たとえば、感覚が過敏で、特定の音や光、触感に耐えられず、それが癇癪として表れることがあります。あるいは、予定の変更や予測できない出来事に強い不安を感じ、その混乱が激しい感情の爆発につながる可能性もあります。

また、言葉でのやりとりに難しさがある場合、自分の気持ちや要求をうまく伝えられないもどかしさが、癇癪という形で表現されることもあります。あるいは、集団の中でのルールや暗黙の了解が理解しにくく、そのストレスが蓄積して、家庭で癇癪として噴き出す場合もあるのです。

けれども同時に、発達障害とは関係なく癇癪が起きている子どもも大勢います。気質として感情が豊かで表現が激しい子ども、環境的なストレスを抱えている子ども、発達の過程で一時的に感情のコントロールが難しい時期にある子ども。癇癪の背景は、本当に様々なのです。

何が気になっているのかを整理してみる

癇癪が発達障害かもしれないと不安になったとき、まずは何が具体的に気になっているのかを整理してみることが役立つ場合があります。

癇癪だけが気になっているのか、それとも他にも気がかりなことがあるのか。たとえば、友達とのやりとりがうまくいかない、集団行動が苦手そうに見える、特定のことへのこだわりが強い、感覚的に敏感な部分がある、言葉の理解や表現に遅れを感じる。そうした様子が癇癪と共にあるのであれば、それは専門家に相談してみる一つのきっかけになる可能性があります。

一方で、癇癪以外の場面では特に困っている様子がなく、友達とも遊べているし、日常生活も送れているのであれば、今すぐ心配する必要はないかもしれません。ただし、親自身の不安が大きいのであれば、その不安そのものを誰かと共有することも大切です。

また、癇癪が起きる場面や状況にパターンがあるかどうかも、一つの手がかりになる場合があります。特定の音や光、触感に敏感に反応して癇癪が起きるのか、予定が変わったときに混乱するのか、それとも特にきっかけがなく突然起きるのか。そうした観察が、子どもへの理解を深める助けになることがあります。

診断がすべてではない

癇癪が発達障害かもしれないと不安になるとき、診断を受けることが解決策のように感じられることがあります。けれども、診断はあくまでも一つの情報であり、それがすべてを決めるわけではありません。

診断を受けることで、その子の困難さに名前がつき、適切な支援につながりやすくなることはあります。学校での配慮を求めやすくなったり、専門的な療育を受けられるようになったり、同じような悩みを持つ家族とつながれたりする場合もあります。

けれども同時に、診断がつかなかったからといって、その子が抱えている困難さが消えるわけではありません。診断はあくまでも、その子を理解し支援するための一つの視点に過ぎないと考えることができます。

大切なこととして考えられるのは、診断の有無よりも、目の前の子が何に困っているのか、どんな支援があればその子が楽になるのかを考えることです。診断は、その理解を深めるための道具の一つとして捉えることができます。

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診断にこだわらないことが大切です。

相談することは、弱さではない

癇癪が発達障害かもしれないという不安を抱えたまま、一人で悩み続ける必要はありません。保健センターや発達相談の窓口、スクールカウンセラーなど、相談できる場所はいくつかあります。

相談することは、子どもに何か問題があると認めることではありません。むしろ、子どものことを大切に思っているからこその行動です。不安を抱えたまま日々を過ごすよりも、専門家の視点から見てもらうことで、新しい理解が得られたり、具体的な関わり方のヒントが見つかったりする可能性があります。

相談の結果、「今は様子を見ていきましょう」と言われることもあるでしょう。それは決して無駄だったということではありません。専門家から「大丈夫」と言ってもらえることで、親の不安が少しでも軽くなる場合もあるのです。

あるいは、何らかの支援が必要だと判断されることもあるかもしれません。その場合でも、それは決して悪いことではありません。早い段階で適切な支援につながることで、子どもの育ちを支えることができるからです。

不安と共に歩む

癇癪が発達障害かもしれないという不安は、簡単には消えないかもしれません。専門家に相談しても、診断を受けても、その不安がすぐに解消されるわけではない場合もあります。

けれども、不安を抱えながらも、日々子どもと向き合い続けることができます。完璧な答えを見つけようとするのではなく、少しずつ我が子への理解を深めていく。その積み重ねが、子どもにとっても、親自身にとっても、大切な歩みになる可能性があります。

癇癪の背景に発達的な特性があったとしても、なかったとしても、目の前の我が子はそのままの姿で存在しています。その子なりのペースで成長し、その子なりの世界を生きています。診断や名前がつくことで、その子の本質が変わるわけではありません。

大切なのは、我が子が今、何を感じ、何に困っているのかに目を向けることです。そして、その子が少しでも生きやすくなるために、何ができるのかを考え続けることです。

自分を責めないでほしい

癇癪が発達障害かもしれないと不安になったとき、親は自分を責めてしまうことがあります。もっと早く気づいていれば、もっと適切に関わっていれば、状況は違っていたのではないか。そんな後悔が頭をよぎることもあるでしょう。

けれども、発達障害があるとしても、それは親の育て方が原因ではないと考えられています。生まれ持った特性であり、誰のせいでもないのです。そして、今まで一生懸命に子どもと向き合ってきたその日々は、決して無駄ではありません。

不安を抱えながらも、毎日癇癪に向き合い、子どもの気持ちを受け止めようとしてきた。その姿勢そのものが、子どもにとって大きな支えになっている可能性があります。完璧な対応などできなくても、そばにいて、理解しようとしてくれる人がいる。それだけで、子どもの心は守られていると考えられています。

もし不安が大きくなりすぎて、日々が辛くなっているのであれば、親自身が誰かに話を聞いてもらうことも必要です。子どものことだけでなく、自分自身の心も大切にしてください。

癇癪が発達障害かもしれないという不安は、一人で抱え込むには重すぎるものです。けれども、その不安を誰かと共有し、専門家の力を借りながら、少しずつ向き合っていくことができます。答えはすぐには見つからないかもしれません。けれども、一歩ずつ進んでいくことで、必ず道は開けていく可能性があります。

今はただ、不安を感じている自分自身を責めないでください。我が子のことを真剣に考え、何かできることはないかと模索しているその姿勢を、まずは認めてあげてほしいと思います。そして、一人で悩まず、必要なときには助けを求めながら、この道を歩んでいってください。

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ここまで読んでくれてありがとう。


※この記事は、公認心理師・臨床心理士の「ふくろう」が、心理支援の現場経験をもとに執筆しています。
一般的な心理学的知見に基づいた情報提供を目的としており、特定の診断や治療を行うもではありません。子どもの状態や状況には個人差があります。心配なことがある場合は、医療機関や専門機関への相談をご検討ください。

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