癇癪がひどくて育てられないと感じたとき

かんしゃく
ふくろう
ふくろう

こんにちは
臨床心理士・公認心理師のふくろうです。

はじめに

癇癪が続く中で、「もう限界」「育てられない」と感じてしまうことは珍しくありません。

この記事では、そう感じたときに自分を責めすぎないための視点と、気持ちを整理する考え方についてお伝えします。

限界を感じている、その苦しさ

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、親の心はどれほど疲れ切っているでしょうか。毎日のように繰り返される激しい泣き声、何をしても収まらない癇癪、周囲の視線や言葉。その積み重ねの中で、「もう無理かもしれない」という思いが心の奥底から湧き上がってくる。そんな瞬間があるのではないでしょうか。

「親なのに、こんなことを思ってはいけない」「我が子なのに、育てられないなんて言ってはいけない」そうした思いが、さらに親を追い詰めていきます。けれども、限界を感じることは決して異常なことではありません。それは、これまで精一杯頑張ってきた証でもあるのです。

誰にも言えない苦しさを抱えたまま、毎日を乗り越えようとしている。その辛さに、まずは気づいてあげる必要があります。そして、その気持ちと向き合い、整理していくことが、次の一歩につながることもあるのです。

私自身が限界!どうしたらいいですか

育てられないと感じることは、異常ではない

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、多くの親は自分を責めます。けれども、そう感じることは決して異常なことではありません。

子育ては、想像以上に大変なものです。特に、癇癪の激しい子どもを育てることは、通常の子育て以上のエネルギーを必要とします。毎日のように激しい感情の波に向き合い、周囲の理解も得られず、自分の時間もない。そんな状況が続けば、誰でも限界を感じます。

「育てられない」と感じることは、親の能力の問題ではありません。それは、状況があまりにも過酷だという証拠です。一人の人間が抱えるには重すぎる負担を、長期間背負い続けてきた結果なのです。

また、そう感じることと、実際に育てることを放棄することは別のことです。「育てられないと感じている」けれども「それでも育てている」。その矛盾を抱えながら、それでも毎日子どもと向き合っている親は、決して失格ではありません。むしろ、限界を感じながらも踏ん張っている、その姿勢こそが尊いのです。

なぜ限界を感じるのか

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、その背景には様々な要因が積み重なっています。

一つは、睡眠不足や身体的な疲労です。癇癪の対応で夜も眠れない、常に緊張状態にある。そうした日々が続くと、体力も気力も消耗していきます。身体が疲れ切っていると、心の余裕もなくなります。些細なことで感情的になり、自分をコントロールできなくなる。その悪循環の中で、「もう無理だ」という思いが強くなっていきます。

また、孤立感も大きな要因です。周囲に理解してもらえない、相談できる人がいない、助けてくれる人がいない。一人で抱え込んでいる状態が続くと、心は押しつぶされそうになります。「誰も分かってくれない」「自分だけが苦しんでいる」そんな孤独感が、限界を感じる気持ちを強めます。

さらに、自分の人生が失われているように感じることもあります。仕事を辞めた、趣味の時間がなくなった、友人と会えなくなった。子育てのために多くのものを犠牲にしてきた。その喪失感が積み重なったとき、「このままでいいのだろうか」という疑問が湧いてきます。

そして、子どもへの感情も複雑です。愛しているからこそ何とかしたい、でも癇癪に向き合うのが辛い、時には子どもから離れたいと思ってしまう。そんな矛盾した感情を抱えること自体が、親を苦しめます。

感情を認めることから始める

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、まず大切なのは、その感情を否定しないことです。

「こんなことを思ってはいけない」と感情を押し込めると、心はさらに苦しくなります。感情には良い悪いはありません。育てられないと感じている、辛い、逃げたい、そう思ってしまう。その気持ちをまずは認めてあげることが必要です。

誰かに話す必要はありません。ただ自分の中で、「今、私は限界を感じている」と認める。その一歩が、心の整理の始まりです。感情を認めることは、それに飲み込まれることとは違います。「こう感じている自分がいる」と客観的に見ることで、少しだけ距離を取ることができます。

また、その感情を持つことに罪悪感を感じる必要もありません。限界を感じることは、これまで頑張ってきた証拠です。頑張っていない人は、限界を感じることもありません。疲れ切るほど努力してきたからこそ、今その気持ちがあるのです。

完璧な親である必要はない

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、親は「親なのに」という言葉で自分を責めます。けれども、親だからといって、すべてを受け止められるわけではありません。

親も一人の人間です。限界があり、疲れることもあり、時には逃げたくなることもあります。それは自然なことです。完璧に子どもを受け止め、どんなときも穏やかでいられる親など、どこにもいません。

また、親だからといって、子育てをすべて一人で担う必要もありません。本来、子育ては一人でするものではなく、家族や地域社会全体で支え合うものです。けれども、現代社会ではその支えが薄れ、親一人に負担が集中しています。その構造的な問題を、個人の責任にすり替える必要はないのです。

「育てられない」と感じることは、親失格を意味しません。むしろ、「このままでは子どもにも自分にも良くない」と気づいている証拠です。その気づきから、何か別の方法を探すことができるのです。

いろいろと頑張りすぎていたかもしれません。

今できる小さな一歩

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、大きな決断をする必要はありません。まずは、今日一日を乗り越えるための小さな工夫から始めることができます。

一つは、短い時間でも自分のための時間を作ることです。子どもが寝た後の十分間、誰かに預けている間の一時間。その時間を、何もせずぼんやり過ごすことも、好きなことをすることも、ただ休むことも。自分のための時間が、心の回復力を取り戻す助けになります。

また、誰かに話を聞いてもらうことも大切です。パートナー、友人、親、あるいは専門家。「育てられないと感じている」という気持ちを、誰かと共有する。その行為そのものが、孤独を和らげます。理解してもらえるかどうかは別として、言葉にすることで、少しだけ心が軽くなることがあります。

さらに、一時的に距離を取ることも選択肢です。数時間でも、子どもを誰かに預ける。一緒にいない時間を作ることで、少しだけ心が休まります。そして、離れることで見えてくる気持ちもあります。「やはり我が子は大切だ」と思えることもあれば、「やはり辛い」と再確認することもある。どちらも正直な気持ちです。

助けを求めることは弱さではない

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、一人で抱え込み続ける必要はありません。助けを求めることは、決して弱さではないのです。

家族に協力を求める、一時保育を利用する、ファミリーサポートに頼る、保健センターや子育て支援センターに相談する。様々な支援の形があります。それらを利用することに、罪悪感を持つ必要はありません。

特に、限界を感じているときは、専門家の力を借りることも重要です。保健師、心理士、カウンセラー。そうした専門家は、親の辛さを受け止め、一緒に考えてくれます。「育てられない」という気持ちを話すことで、何か新しい道が見えてくることもあります。

また、同じような経験をしている人とつながることも助けになります。癇癪のある子どもを育てている親の会、オンラインのコミュニティ。そうした場所で、自分だけではないと知ることが、孤独を和らげます。

もし癇癪が発達的な特性と関係している可能性があるなら、それについて理解を深めることも一つの道です。不安を抱えたまま一人で悩むよりも、専門家と一緒に考えることで、子どもへの理解が深まり、対応の仕方も見えてくることがあります。

子どもを守ることと、自分を守ること

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、親は「子どものために我慢しなければ」と思うかもしれません。けれども、自分を犠牲にし続けることは、長期的には子どものためにもなりません。

親の心が健康であることが、子どもの育ちにとって最も重要です。疲れ切った親、心が折れそうな親のそばにいることは、子どもにとっても辛いことです。だからこそ、自分自身を守ることは、同時に子どもを守ることでもあるのです。

時には、一時的に離れることが必要な場合もあります。ショートステイを利用する、親戚に預ける、入院が必要なほど心身が疲弊しているなら医療機関に相談する。そうした選択肢を検討することも、決して子どもを見捨てることではありません。むしろ、長期的に子どもと向き合い続けるための、一時的な休息なのです。

そして、もし虐待をしてしまいそうだ、あるいはすでにしてしまっていると感じているなら、すぐに専門機関に相談することが必要です。児童相談所、虐待防止センター、警察。そうした機関は、親を責めるためではなく、親子を守るために存在しています。相談することで、状況を変える道が開けます。

この状態は永遠ではない

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、この辛さが永遠に続くように思えることがあります。けれども、子どもは成長します。癇癪も、いつかは変化していきます。

今この瞬間の苦しさは、確かに現実です。けれども、それはずっと続くわけではありません。子どもは言葉を獲得し、感情のコントロールを学び、世界との付き合い方を身につけていきます。その過程には時間がかかりますが、必ず変化は訪れます。

また、親自身も変化していきます。今は対応の仕方が分からなくても、試行錯誤を重ねる中で、少しずつ子どもに合った関わり方が見えてきます。完璧にはできなくても、昨日よりは少しだけ楽になる。そんな小さな変化の積み重ねが、やがて大きな変化につながります。

そして、助けを求めることで、状況も変わっていきます。一人で抱え込んでいたときには見えなかった道が、誰かと一緒に考えることで見えてくることがあります。今は真っ暗に見えても、必ず光は差してきます。

自分を責めないでほしい

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、最も大切なことは、自分を責めないことです。

限界を感じることは、これまで頑張ってきた証拠です。辛いと思うことは、自然な感情です。逃げたいと思うことは、人間として当然の反応です。それらの感情を持つことに、罪はありません。

あなたは一人の人間です。完璧である必要はありません。疲れることも、泣きたくなることも、時には投げ出したくなることもあります。それでも毎日、子どもと向き合い続けている。その事実を、まずは認めてあげてください。

そして、もし今日がどうしても辛い日なら、今日一日だけを乗り越えることを考えてください。明日のことは、明日考える。一年後のことは、一年後に考える。今日、この瞬間を、どうにか生き延びる。それだけで十分なのです。

癇癪がひどくて育てられないと感じたとき、それは終わりではなく、何か新しい支援や方法を探すためのサインかもしれません。一人で抱え込まず、誰かの力を借りながら、一日ずつ歩んでいく。完璧でなくても、それでも続けていく。その姿勢が、やがて道を開いていきます。今はただ、疲れ切った自分自身を、まず大切にしてあげてほしいと思います。

確かにそうですね。少しこころが楽になりました。

ふくろう
ふくろう

ここまで読んでくれてありがとう。


※この記事は、公認心理師・臨床心理士の「ふくろう」が、心理支援の現場経験をもとに執筆しています。
一般的な心理学的知見に基づいた情報提供を目的としており、特定の診断や治療を行うもではありません。子どもの状態や状況には個人差があります。心配なことがある場合は、医療機関や専門機関への相談をご検討ください。

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