はじめに
「この子の癇癪は、甘やかしすぎたせいではないだろうか」「周りの人は、わがままだと思っているのではないか」――子どもが公共の場で激しく泣いたり怒ったりするとき、そんな不安が頭をよぎることがあるかもしれません。特に周囲の視線を感じると、自分の育て方が間違っていたのではないかと、自分を責めてしまうこともあるでしょう。
癇癪は甘えなのか、それともわがままなのか。この問いに対して、心理学の視点からお伝えしたいのは、「どちらでもない」ということです。癇癪は、子どもの発達段階における自然な表現であり、決して親の育て方の良し悪しで決まるものではありません。
この記事では、癇癪をめぐる誤解を解きながら、心理学的に正しく理解するための視点をお伝えしていきます。

こんにちは
公認心理師・臨床心理士のふくろうです。
「甘え」と「癇癪」は別のもの
まず整理しておきたいのは、「甘え」と「癇癪」は本質的に異なるものだということです。
甘えとは、子どもが安心できる相手に対して、自分の弱さや不安を素直に表現し、受け止めてもらおうとする行為です。抱っこをせがむ、「ママがいい」と言う、そばにいてほしいとねだる――こうした行動は、愛着関係が健全に育っている証であり、心の成長に欠かせないものです。
一方で癇癪は、子どもが強い感情に圧倒され、それをコントロールできずに表出している状態です。怒り、悲しみ、不安、挫折感といった感情が許容範囲を超えたとき、言葉や理性ではなく、身体全体で表現するしかなくなります。これは甘えているのではなく、むしろ苦しんでいる状態と言えます。
甘えは「受け止めてほしい」という関係性の中での働きかけですが、癇癪は「どうしていいかわからない」という混乱の表れです。この違いを理解することが、子どもへの適切な関わりの第一歩になります。
また、甘えを十分に受け止めてもらった子どもは、安心感を得て少しずつ自立していくことができます。逆に、甘えを否定されたり無視されたりすると、不安が募り、かえって癇癪が増えることもあります。甘えと癇癪を混同して、「甘やかすから癇癪を起こす」と考えることは、心理学的には正確ではありません。

「甘え」と「癇癪」が違うことを知りませんでした。
「わがまま」という言葉の危うさ
次に考えたいのは、「わがまま」という言葉が持つ意味についてです。
わがままとは一般的に、自分の欲求を優先し、周囲の都合や気持ちを考えない態度を指します。しかし、この言葉を子どもの癇癪に当てはめることには、いくつかの問題があります。
まず、子どもの発達段階によっては、「周囲の都合を考える」という能力自体がまだ育っていないことがあります。特に乳幼児期の子どもは、自分と他者の視点を区別する力が未熟です。自分が欲しいものを欲しいと思うこと、嫌なことを嫌だと感じることは、わがままではなく発達上自然なことです。
また、癇癪を起こしているときの子どもは、冷静に自分の欲求をコントロールできる状態にありません。感情が高ぶり、理性的な判断ができなくなっているのです。この状態を「わがまま」という道徳的な評価で捉えることは、子どもの内面で起きていることを見えなくしてしまいます。
さらに、「わがまま」というレッテルを貼ることで、親自身が「厳しく叱らなければ」というプレッシャーを感じてしまうこともあります。そして、厳しく叱ることで子どもの不安が増し、癇癪がかえって悪化するという悪循環に陥ることもあるのです。
心理学的には、癇癪を「わがまま」という枠で捉えるのではなく、「その子なりの困りごとのサイン」として理解することが大切です。何に困っているのか、何を伝えたいのか――その視点で見ることで、関わり方も変わってきます。

ここ重要ですよ。

よく分かりました。
癇癪の背景にある心理的メカニズム
では、癇癪は心理学的にどのように説明されるのでしょうか。
人間の脳には、感情を司る部分と、理性や判断を司る部分があります。子どもの脳は発達途上にあり、特に感情をコントロールする力はゆっくりと育っていきます。強い感情が湧き上がったとき、大人であれば「少し落ち着こう」「別の方法を考えよう」と理性が働きますが、子どもにはまだその調整機能が十分に備わっていません。
また、子どもは日々新しい経験に直面し、そのたびに自分の思い通りにならない現実と出会います。おもちゃが壊れた、友達に順番を譲らなければならない、眠いのに寝る時間ではない――こうした小さな挫折や葛藤の一つひとつが、子どもにとっては大きなストレスです。
そのストレスが許容範囲を超えたとき、感情が溢れ出して癇癪という形になります。これは脳の未熟さゆえの自然な反応であり、性格の問題でも、育て方の失敗でもありません。
さらに、癇癪には「安全な場所だからこそ出せる」という側面もあります。子どもは外で我慢していたストレスを、安心できる家庭や親の前で解放することがあります。つまり、家で癇癪を起こすことは、親を信頼している証でもあるのです。
「厳しくすれば直る」という誤解
癇癪に対して、「厳しく叱れば治る」「甘やかさなければなくなる」と考える方もいるかもしれません。しかし、心理学の知見からは、この考え方には限界があることがわかっています。
確かに、厳しく叱ることで一時的に癇癪が収まることはあります。しかしそれは、子どもが感情をコントロールできるようになったからではなく、怖くて抑え込んだだけかもしれません。感情を抑え込むことを繰り返すと、子どもは自分の気持ちを表現することそのものを諦めてしまうことがあります。
また、癇癪を叱られ続けることで、「自分の気持ちは受け入れてもらえない」「自分はダメな子だ」という感覚が育ってしまうこともあります。この感覚は、自己肯定感の低下につながり、長期的には心の健康に影響を及ぼす可能性があります。
もちろん、危険な行動や他者を傷つける行動には、明確な境界線を示す必要があります。ただしその際も、「行動」を制限するのであって、「感情」を否定するのではないという区別が大切です。「叩くのはダメだけど、怒る気持ちはわかるよ」と伝えることで、子どもは感情と行動を分けて考える力を少しずつ身につけていきます。
厳しさではなく、一貫性と温かさを持った対応が、癇癪への最も効果的なアプローチです。

厳しくしないといけないと思っていました。
「甘やかし」と「受容」の違い
ここで整理しておきたいのが、「甘やかし」と「受容」の違いです。この二つはしばしば混同されますが、心理学的には明確に異なります。
甘やかしとは、子どもの要求をすべて無条件に叶えてしまうことです。泣けば何でも買ってもらえる、怒れば大人が折れてくれる――こうした関係性は、子どもに「感情を武器にすれば思い通りになる」という誤った学習をさせてしまいます。
一方、受容とは、子どもの感情をそのまま認めることです。「欲しかったんだね」「悔しかったね」と気持ちを受け止めながらも、行動には適切な境界を示します。「気持ちはわかるけど、今日は買えないよ」「怒るのはいいけど、叩くのはダメだよ」と、感情と行動を区別して伝えるのです。
受容は、子どもの感情を大切にしながらも、社会的なルールや現実の制約を学ぶ手助けをします。これは甘やかしではなく、健全な境界線の中で安心感を育てる関わり方です。
癇癪を起こす子どもに必要なのは、甘やかしではなく受容です。感情を受け止めてもらう経験を重ねることで、子どもは少しずつ自分で感情を整理する力を身につけていきます。
周囲の視線と向き合うために
ここまで読んでも、やはり公共の場での癇癪に対する周囲の視線は気になるかもしれません。「周りの人は、しつけができていないと思っているのでは」という不安は、多くの親が感じることです。
確かに、癇癪を理解していない人からは、批判的な目で見られることもあるでしょう。しかし、それはその人たちが子どもの発達について十分な知識を持っていないからかもしれません。あるいは、自分の子育ての経験と照らし合わせて判断しているだけかもしれません。
大切なのは、周囲の評価よりも、目の前の子どもが今どんな状態にあるのかを理解し、必要な支援をすることです。癇癪は一時的なものであり、適切な関わりを続けることで、いずれ子どもは感情をコントロールする力を身につけていきます。
もし周囲の視線が辛いときは、「この子は今、成長の途中なんだ」と自分に言い聞かせてください。そして、理解してくれる人、支えてくれる人とつながることを大切にしてください。すべての人に理解してもらう必要はありません。
また、癇癪が起きたときの対応をあらかじめ考えておくことも、心の余裕につながります。静かな場所に移動する、深呼吸をする、短い言葉で気持ちを受け止める――こうした方法をいくつか持っておくと、いざというときに落ち着いて対応しやすくなります。

癇癪が起きた時は親の対応が重要ですね。
発達特性との関わり
ここで触れておきたいのは、癇癪の背景に発達特性が関わっている場合もあるということです。
たとえば、感覚に敏感な子どもは、周囲の音や光、触感に強い不快感を覚えることがあります。大人には気にならない刺激でも、その子にとっては耐え難いストレスになり、癇癪として表れることがあります。
また、言葉の発達がゆっくりな子どもは、自分の気持ちを伝える手段が限られているため、癇癪という形でしか表現できないこともあります。こうした場合、「わがまま」として扱うのではなく、その子に合ったコミュニケーション方法を一緒に探していくことが大切です。
発達特性が関わっている癇癪は、叱っても改善しませんし、むしろ子どもの不安を増やしてしまいます。もし日常的に癇癪が激しい、特定の状況で必ず癇癪が起きる、といったパターンがある場合は、一度専門家に相談してみることも選択肢のひとつです。
早めに適切な支援を受けることで、子どもも親も、ずっと楽になることがあります。相談することは、決して弱さではなく、子どもを理解しようとする前向きな一歩です。
心理学が伝える大切な視点
心理学の研究からわかっているのは、子どもの癇癪は適切な関わりを続けることで、発達とともに自然に落ち着いていくということです。
大切なのは、癇癪そのものをなくそうとするのではなく、子どもが感情を理解し、表現し、調整する力を育てていくことです。そのプロセスには時間がかかりますし、一進一退もあります。けれども、焦らず丁寧に関わり続けることが、何よりの支援になります。
また、親自身が自分を責めないことも重要です。癇癪は育て方の失敗ではなく、子どもの発達の一部です。完璧な対応を目指す必要はありませんし、疲れたときには休むことも大切です。
子育ては一人でするものではありません。パートナー、家族、友人、専門家――周囲の力を借りながら、子どもと一緒に歩んでいくことが、健やかな成長につながります。
おわりに
癇癪は甘えではなく、わがままでもありません。それは、子どもが今まさに成長の途上にあることの証であり、感情という大きな波と向き合っている姿です。
心理学の視点から見れば、癇癪を「問題」として扱うのではなく、「発達のプロセス」として理解することが、子どもへの最も適切な支援の出発点になります。
周囲の評価や一般的な常識に惑わされず、目の前の子どもの心に寄り添いながら、ゆっくりと歩んでいってください。あなたのその姿勢が、子どもにとって何よりの安心感となり、成長の土台となります。

ここまで読んでくれてありがとう。
※この記事は、公認心理師・臨床心理士の「ふくろう」が、心理支援の現場経験をもとに監修しています。
一般的な心理学的知見に基づいた情報提供を目的としており、診断や治療に代わるものではありません。子どもの状態について心配なことがある場合は、医療機関や専門機関への相談をご検討ください。

